■ Manifesto no.3

はじめましての方も、いつもありがとうの方も、こんにちは

「ボンジュール現代文明」は御所南にある大正三年築造の京町家を改修した、ピアノと地下室と伝声管がある貸会場・イベントスペースを夫婦で運営しています

そして、ここはわたしたち家族の自宅でもあります

2階を住まいにして、1階(と地下)を貸会場としています。イベントのある日は2階から1階におりると見知らぬ方がいて、「あれ今日は何の集まりでしたっけ…?」となることも。今ではすっかり慣れてしまったのですがよく考えると不思議です。しかし、もともと京町家は近所の方や郵便屋さんも玄関の土間までは断りなくあがってくるという話も聞いたことがあるので似たようなことかもしれません

自己紹介も兼ねて、これまでの経緯をふりかえります。興味が無い方はそっとおとじください

はじまりは2012年、私がまだ東京で会社員をしておりこの町家がまだ空き家だったころ、秋に木工作家さんの椅子の展示会と東ティモールのドキュメンタリー映画の上映会と監督を交えたお話会をする話が持ち上がり、実験的に開催することになりました

イベント開催の経験もなく会場づくりも告知も関係者との仕切りも、すべてが手探り…不安と試行錯誤の日々をすごしました。いざフタを開けてみると満員御礼、お客様同士の新しい出会いや懐かしい再会もあり、思いがけない場の力に驚きと可能性を感じました

翌年から、諸般の事情もありこの家に家族で引っ越しをして、住みながらイベント会場として運営することになりました。月1~2回程度からはじまり、多いときは毎週末なにかが進行するようになり、音楽会やワークショップ、手作り市、出張喫茶、舞踏公演、ライブペインティング、落語、展示会に上映会などが行われ、テーマもインドや鹿、林業、におい、福の神、モンゴル、着物、建築、ネパール、ワイン、発酵、ブラジル、ちんどんなど実に多彩な興味関心が交錯する場となりました

まさに20世紀の芸術が萌芽したキャバレー・ヴォルテールが現代に蘇り、血縁、地縁を越えたコミュニティが集う寄合2.0が醸成されたのでした…なんのこっちゃ!?

しかし、以前に別の方が住まわれていたまま使用していたため、町家にはトイレもキッチンも1つしかなく、イベントの最中はお客さんと共有するか、場合によってはわたしたちが外に出ざるを得ないこともあり、回数が増えるにつれて生活との両立が難しくなってきました

そこで、2016年の冬から17年の春にかけて断続的に約1年間、生活空間と貸会場の空間を分離できるよう改修をすることになりました

共同運営者であり一級建築士でもある妻が設計を担当、珍しいレンガ造りの地下室や味のある土壁や柱・梁・建具などはそのままに、トイレとキッチンを、底冷えする京都の冬のため土間には床暖房を、伝声管や地下15mから地下水を汲み上げるなど、遊び心の仕掛けも忍ばせました。改修箇所は無垢材をメインにシンプルでモダンなつくりで、100年を経た古材の温かみと心地よく調和していると評判です。手入れが行き届かず荒れていた坪庭も「田中美保植物店」さんのデザイン、「庭彩宮の」さんの施工でかわいらしくポップに模様替えしました

ぶじ改修を終え、今はイベント開催中でもマイペースで生活することができます。時には幼いうちの子供がイベントに紛れ込んでご迷惑をおかけすることもありますが、みなさまの温かいご理解に助けられ、素敵なイベントが開催され続けていることに感謝する日々です

以上、長々とお読みいただきありがとうございました

まだお会いしていないみなさま、そしていつもお世話になっているみなさまと、これからも空間と時間を分かち合えることを楽しみにしています

2018年5月1日

■ Manifesto no.2

その日の関係性は挨拶からはじまる。たとえばボンジュールのような。

現代とは、いま・ここにいる私たちにいたるまでの時代を象徴的なできごとで区切った概念であり、時代の移り変わりとともにある。第二次世界大戦が終焉して帝国主義が、冷戦が終結して共産主義が息をひそめた。資本主義は何度蘇るのだろう?

文明と聞いて連想するのは、社会システムの成り立ち。上下水道の発明でまちが衛生的になったことや、紙の出版物がより多くの人に知恵を授けたこと、農耕技術により食料確保や定住が可能になったことなどなど。

何が言いたいのかと言えば、私たちがこの場所をボンジュール現代文明と名付けたとき、日々変化する私たちのいま・ここの成り立ちに対して語りかけを不断の営みとして実践していくための場でありたいという思いが共通認識として確かにあった。

ボンジュール現代文明は縮めて言えばボンゲン。とある友人によれば、同じ読みの雅楽の曲名があるそう(「品玄」と綴る)で、それは、複数の持続音がランダムに折り重なるすごい音楽だった。世界の多様性が濃縮されたような。

そして、1年とちょっと前、私たちの物語の始まりは多様な世界の文明について論じた梅棹忠夫のことばの引用とともにあった。それはつい昨日のことのようでもある。

2014年8月8日

Relationships among people start with greetings at the beginning of the day. Sometimes we say “Bonjour!”.

If “Contemporary” is the word to define the era which continue “now” and started by the iconic event. After the World War 2 imperialism fell down , and after the Cold War communitarianism fell down. Capitalism is doing well anyway.

“Civilizations” remind us the foundation of a certain social system. For example, the town has got better quality of health care by the improvement of water supply and sewerage systems. And, the publications by paper gave wisdom to masses of people. And, farming technology brought us food security and permanent residence.

To summarize, when we say “Bonjour! ‘Gendai Bunmei’ (contemporary civilizations)”, we consider it as a place to continuously make speeches, such as “I feel relieved that you are fine.” or “Are you O.K. in such a pale complexion?”, to the foundation of “now” which changes everyday.

One of my friends taught me that “Bongen”, which is shortened version of “Bonjour! ‘Gendai Bunmei'”, is the same pronunciation as the name of one of Gagaku (Japanese ancient court music) song. That was amazing music which has multiple sustained sounds starting at random, like that “the diversity of the world” was condensed.

It was about one year ago that our story began by the common quotation from Tadao Umesao.

2014.8.8

■ Manifesto no.1

「世界は多様だとおもう。しかし、無秩序ではないだろう。日々のできごとは、しばしば意外であり、混乱であるようにみえるが、よくみると、人類の文明は、いくつかの法則的な変化を、現にあらわしつつあるのではないか。」(梅棹忠夫)

この町家は、大正時代に、わたしの曾祖父が別宅として建てたものです。マルブツ(※)で結婚式をあげた祖父母、3人のこどもたちや下宿の学生さんが暮らし、たいそうにぎやかだったそうな。
※数年前に閉店した京都タワーとなりの近鉄百貨店の旧商号

祖母は洗濯物を本家から別宅に運んで手洗いをし、家族全員のごはんを「おくどさん」でどっさりつくっていたとのこと。昭和30年代には洗濯機が日本で広く普及したので、当時20代の祖母が満面の笑みでむかえた様子が目に浮かびます。

“Bonjour les civilisations contemporaines! D’ou venez-vous? Quo vadis? ”
(現代文明さん、こんにちは。あなたはどこから来て、どこへ行くの?)

素朴な問いを発することで気づきが得られることもあります。この場所がそのきっかけのひとつになりますよう。

2013年5月1日

“I think The world is full of diversity. Yet that doesn’t mean the world is in chaos. What is going on in the world often looks difficult to predict and may appear confusing. However, once we carefully see the human civilization, we could find it appear to be one in order.” (Tadao Umesao)

This Machiya was built by my great-grandfather as his second home, during the Taisho Era. There were a number of people who lived there, including my grandparents, their three children, and occasional logding student.

I was told that my grandmother washed the household’s clothes by hand, and prepared for everyone many wonderful dishes in the Okudo-san (traditional Kichen). It is easy to imagine how delighted she must have been when she got the ‘mysterious’ washing machine.

“Bonjour les civilisations contemporaines! D’ou venez-vous? Quo vadis? “(Hello comtemporary civilizations! Where have you come from? Where are you going?)

Sometimes we find truth by finding modest questions to ask. I started this space in order to give people the chance to approach a clearer view of the wolrd through simplicity.

2013.5.1